Lecture-1

Published in Juntendo University, Department of Health Data Science, 2023

集合

まず線形代数の講義を始める前に、理解しておきたい概念は「集合」である。集合とは、言葉の意味としては「ものの集まり」であるが、数学的な集合とは「ある要素」が「その集合に属するかどうかが一意的に定まるものの集まり」を意味する。

例えば、「果物の集合」という概念は数学的ではない。なぜなら、果物が定義されていないから、たとえばスイカが果物の集合に含まれるかどうかについては、解釈の余地があり含まれるかどうかについて真偽が定まらない。 例えば、 $10$ 以下の奇数の集合と言われた場合には、 $1,3,5,7,9$ がこれに該当し、2は奇数ではないからこの集合には属さないし、スイカはそもそも数ではないからこの集合には属さないと真偽が明確になる。このようなものを、数学においては集合という。

ある要素 $x$ が、集合 $A$ に含まれることを、 要素 $x$ は集合 $A$ の元であるといい、 $x \in A$ で表す。逆に、ある要素 $x$ が、集合 $A$ に含まれないことを、要素 $x$ は集合 $A$ に含まれない(元ではない)といい、 $x \not\in A$ で表記する。また、要素 $a$ が集合 $A$ の元であることを、要素 $a$ は集合 $A$ に属するともいう。

集合の表記 : 外延的表記

集合を明示的に表す方法は、大きく分けて2つである。1つは、外延的記法である。これは、元を列挙し、中括弧でくくって表す。このとき、元を列挙する順序は考慮されない。例えば、$10$ 以下の自然数を表したいのであれば、

\[\{1,2,3,4,5,6,7,8,9,10\} = \{9,8,10,1,2,3,7,5,4,6\}\]

が成り立つ。また、重複も考慮されないので

\[\{1,2,3,3,3\} = \{1,2,3\}\]

である。また、集合の要素が多い場合には「 $…$ 」で略記する場合がある。例えば、 $1000$ 以下の自然数の集合を $A$ とするとき、$1000$個の要素を表記するのは、大変であるから

\[B = \{ 1,2,...,1000 \}\]

と表す。同様に、自然数すべてを表したい場合などには

\[\mathbb{N} = \{1,2,....\}\]

のように表記することもある。

集合の表記 : 内包的表記

このように要素が多い場合には、中を列挙して記述するのは繁雑に思える。そこで、集合の元を、元が満たす性質によって規定し記述するという方法が用いられる。具体的には、対象 $x$ に対して条件や性質を述べた命題関数(与えられた $z$ に対して真偽が与えられる関数) $P(x)$ を設定することで、それを満たすような $x$ をすべて集めて集合を定義する。これを \(\{x \mid P(x)\}\)

のようにあらわす。このような表記法を、内包的表記という。例えば

\[A = \{x \mid x\mathrm{は1桁の素数である}\}\]

のように記述をする。この $A$ に対して、

\[B = \{y \mid y \mathrm{は1桁の素数である} \}\]

のように表記した場合、 $x$ と $y$ で記号は異なっているが、含まれる元は同じなので $A=B$ である。ここでの $x,y$ は、命題関数の変数であるので、どのような文字であっても構わず、注目するべきはその集合に含まれる元である。集合を表記する場合には、「条件 $P(x)$ と条件 $Q(x)$ の2つを満たすような $x$ の集合」を考えたい場合がある。例えば、$\lvert x \rvert \leq 1$と、 $1/2 \leq x^{2} \leq 1$ を満たすような $x$ を集めて集合を作りたい場合である。このような場合には、

\[A = \{x \mid \lvert x \rvert \leq 1, \quad 1/2 \leq x^{2} \leq 1\}\]

のように「,」(カンマ)で区切って表記する。

集合の相等

2つの集合の元がすべて一致することを、2つの集合は 等しい といい、 $A=B$ で表す。また、等しくない時は $A\neq B$ で表す。これを少し詳しく書けば、 $x$ が $A$ の元であれば、 $x$ は $B$ の元であり、かつ $x$ が $B$ の元ならば $x$ は $A$ の元であるときに、2つの集合が等しく $A=B$ となることを意味する。これは、任意の $x \in A$ が $X\in B$ を満たす、かつ、任意の $y \in B$ が $y \in A$ を満たすなどと表記される。

数の集合

数の集合は、数学では広く用いられる。例えば、自然数の集合や、実数の集合などは、定義しておくと議論を行う際に便利である。本講義でも、議論を簡略化するためにこれらの記号を用いるため、ここで整理しておく。

  • $\mathbb{N}$ : 自然数全体の集合 (Natural number)
  • $\mathbb{Z}$ : 整数全体の集合 (Zahl:ドイツ語の頭文字である)
  • $\mathbb{Q}$ : 有理数全体の集合 (Quotient)
  • $\mathbb{R}$ : 実数全体の集合 (Real number)
  • $\mathbb{C}$ : 複素数全体の集合 (Complex Number)

空集合

集合を考える際に、条件$P(x)$を満たす$x$が存在しない場合には、集合${x \mid P(x)}$に属する元がないことになる。このような元がない場合も集合とみなして、これを 空集合 (empty set) と呼び、$\emptyset$ または、 $\left{ \right}$ で表す。例えば、奇数かつ偶数となる数は存在しないので、

\[\{x \mid x\mathrm{は偶数である}, x\mathrm{は奇数である}\} = \emptyset\]

となる。

全体集合

数学の議論においては、ある集合$X$があらかじめ与えられていて、その集合$X$の元に対してだけ条件$P(x)$の成否を考える場合が多い。このとき、$X$を全体集合といい、$X$の元$x$で$P(x)$を満たすものを集めてできる集合を

\[\{x | x \in X,\; P(x)\} = \{x \in X | P(x)\}\]

のように書く。例えば $X = {(x,y) \mid \lvert x \rvert \leq 1,\quad \lvert y \rvert \leq 1}$に対して、$1/2 < x^{2} + y^{2} < 1$となるような$(x,y)$の組の範囲を求めるような問題がこれに該当する。

\[\left\{(x,y) \mid (x,y) \in X, \quad 1/2 < x^{2} + y^{2} < 1 \right\}\]

のように表記される。

補集合

全体集合 $X$ と条件 $P(x)$ が与えられたもとで、 $P(x)$ を満たす集合

\[A = \{x \in X\; | \; P(x)\}\]

に対して、 $P(x)$ を満たさないような $X$ の元を集めてできる集合を $A$ の補集合といい $A^{C}$ で表す。

\[A = \{x \in X\; | \; \neg P(x)\}\]

ここで、 $\neg P(x)$ は $P(x)$ の否定を表す。例えば $P(x)$ を $x < 1$ とすると、 $\neg P(x)$ は $x \geq 1$ となる。

練習問題

\(A = \{(x,y) | x \in X, y \in Y \;\; 1/2 < x^{2} + y^{2} < 1\}\) の範囲を、2次元平面に図示せよ。また、その補集合 $A^{c}$ で表される集合も図示せよ。

集合の包含関係

部分集合

2つの集合 $A$ と $B$ において、集合 $A$ のすべての元が集合 $B$ の元であるとき、 $A$ は $B$ に含まれる、 $B$ は $A$ を含む、あるいは $A$ は $B$ の部分集合 (subset) であるといい、

\[A \subset B\]

で表す。言い換えると、任意の $x \in A$が、$x \in B$ を満たすとき、 $B$ は $A$ の部分集合であると定義し、 $A\subset B$ であると定義するとなる。この概念を用いれば、集合 $A$ と $B$ が等しい $A=B$ とは、 $A \subset B$ かつ $B \subset A$ が成り立つことと同値であることがわかる。

必要条件・十分条件

$X$を集合として、$x \in X$に関する性質を述べた命題関数を$P(x), Q(x)$とする。このとき、すべての$x$に対して$P(x) \rightarrow Q(x)$($P(x)$ならば$Q(x)$)が成り立つとき、これを \(P(x) \; \Rightarrow \; Q(x)\) と表し、$P(x)$を$Q(x)$の十分条件といい、$Q(x)$を$P(x)$の必要条件という。さらに、$P(x) \; \Rightarrow \; Q(x)$かつ$Q(x) \; \Rightarrow \; P(x)$であるとき、$Q(x) \; \Leftrightarrow \; P(x)$で表し、$P(x)$は$Q(x)$であるための\textbf{必要十分条件}という。よって、「必要十分条件であることを示せ」という問題においては、$P(x)$を仮定したときに、$Q(x)$が成り立つことと、$Q(x)$を仮定したときに$P(x)$が成り立つことの2つを証明しなくてはならない。また、必要十分条件であることを、$P(x)$と$Q(x)$は\textbf{同値}であるということもある。

$P(x)$を$x$が順天堂大学健康データサイエンス学部に在籍しているとし、$Q(x)$を$x$が順天堂大学に在籍しているとする(在籍は学生番号が付与されているかどうかと定義しておく)。このとき、$P(x)$であることを示せば、$Q(x)$であることが満たされることがわかる。よって、$P(x)$ならば、$Q(x)$である。よって、$P(x)$は$Q(x)$の十分条件であるし、$Q(x)$は$P(x)$であるための必要条件である。

べき集合

この話題については、補足であるから特に覚えておく必要はないが、確率・統計においては極めて重要な考え方なので、ここで触れておくことにする。集合$A$の部分集合をすべて集めてできる集合(あるいは集合族という)を、$A$のべき集合といい$2^{A}$で表す。これは${E \;|\; E \subset A}$のようにあらわすことができる。例えば、$A = {1,2,3}$のべき集合と言われた場合には、 \(2^{A} = \{\emptyset, \{1\},\{2\},\{3\},\{1,2\},\{2,3\},\{3,1\},\{1,2,3\}\}\) である。べき集合は統計学の基礎となる測度論において、$\sigma$-加法族と呼ばれる集合が、このべき集合の部分集合であり、確率論を理解するうえで極めて重要な概念となる。

集合の演算

次に集合の演算を定義する。集合の演算とは、集合$A$または集合$B$に含まれている元の集合を考えたい場合や、集合$A$と集合$B$の両方に含まれている元の集合を考えたり、または集合$A$の元のうち$B$には含まれていない元の集合を考えることに相当する。集合の演算のうち、よく使われる3つの演算を定義する。

和集合

集合$A$と集合$B$の和集合 (set sum or union set) を以下で定義する。 [ A \cup B := {x | x \in A \;\; \mathrm{or}\;\; x \in B} ]

\paragraph{積集合} 集合$A$と集合$B$の積集合 (set product or set intersection) を以下で定義する。 [ A \cap B := {x | x \in A \;\; \mathrm{and}\;\; x \in B} ]

\paragraph{差集合} 集合$A$と集合$B$の差集合 (set difference)を以下で定義する。 [ A \backslash B := {x | x \in A \;\; \mathrm{and}\;\; x \not\in B} ]

\paragraph{補集合} 集合の議論において定義された補集合については差集合を用いて以下のようにも定義できる。 全体集合$X$に対して、その部分集合$A \subset X$の補集合は、 [ A^{C} = X\backslash A ] である。

\subsection{集合の演算に関する定理} 最後に、集合の演算についていくつかの定理を紹介しておく。これらについては、証明を与えないが興味があれば、中島匠一:集合・写像・論理(共立出版, 2012)などを参考にしてほしい。

\paragraph{交換法則} 集合$A$と$B$に対して、 [ A\cup B = B\cup A ]

\paragraph{べき等法則} 集合$A$について、 [ A\cup A = A, \quad A\cap A = A ]

\paragraph{空集合を含む和と積} 集合$A$について、 [ A\cup \emptyset = \emptyset \cup A = A, \quad A\cap \emptyset = \emptyset \cap A = A ]

\paragraph{部分集合に関する演算①} 集合$A,B$に対して、 [ A \subset A \cup B, \quad A\cap B \subset A ]

\paragraph{部分集合に関する演算②} 集合$A,B,C$に対して、 [ A\subset C \;\mathrm{かつ}\; B \subset C \Rightarrow A\cup B \subset C ] [ C\subset A \;\mathrm{かつ}\; C \subset A \Rightarrow C \subset A\cap B ]

\paragraph{部分集合に対する和集合・積集合} 集合$A,B$に対して、$A\subset B$ならば [ A \cup B = B, \quad A \cap B = A ]

\paragraph{吸収法則} 集合$A,B$に対して、 [ A \cup (A \cap B) = A, \quad A \cap (A \cup B) = A ]

\paragraph{結合法則} 集合$A,B,C$に対して、次の関係が成り立つ [ (A \cup B) \cup C = A \cup (B \cup C), \quad (A \cap B)\cap C = A \cap (B\cap C) ]

\paragraph{分配法則} 集合$A,B,C$に対して、次の関係が成り立つ [ A \cup (B \cap C) = (A \cup B) \cap (A \cup C) ] [ A \cap (B \cup C) = (A \cap B) \cup (A \cap C) ]

多数の集合の和と積

結合法則により、3つ以上の集合の和については、その順序を考慮する必要がないので、集合 $A,B,C$ の和集合については

\[A \cup B \cup C\]

と表記できる。同様に、 $K$ 個の集合 $A_1, A_2, …, A_K$ に対してもそれらの和集合については

\[A_1 \cup A_2 \cup ... \cup A_n = \bigcup_{k=1}^{K} A_k\]

と定義される。同様に、積集合についても

\[A_1 \cap A_2 \cap ... \cap A_n = \bigcap_{k=1}^{K} A_k\]

で定義される。これは、 $K$ 個の集合に共通して含まれる元をすべて集めた集合である。

集合の補集合に関する基本法則

補集合についての議論は、線形代数や統計学ではよく扱うため、ここで紹介しておく。$X$ を全体集合、 $A,B$ を $X$ の部分集合であるとする。この時、次の性質が成り立つ。

  • $X^{C} = \emptyset$, $\emptyset^{C} = X$
  • $A \cap A^{C} = \emptyset$, $A \cup A^{C} = X$
  • $(A^{C})^{C} = A$
  • $A \subset B \Rightarrow B^{C} \subset A^{C}$
  • $(A\cup B)^{C} = A^{C} \cap B^{C}$, $(A\cap B)^{C} = A^{C} \cup B^{C}$