線形代数学 I 第4回 講義ノート
1. 講義情報と予習ガイド
- 講義回: 第4回
- 関連項目: ベクトル演算(第2-3回の内容)
- 予習内容: ベクトルの和とスカラー倍、ベクトルの内積の復習
- スライド: リンク
2. 学習目標
- 行列の定義を理解し、適切に表記できる
- 行列の和を正確に計算できる
- 行列のスカラー倍を正確に計算できる
- 行列とベクトルの関係性を理解できる
3. 基本概念
3.1 行列の定義
定義: 行列(Matrix)とは、数や記号を縦と横に矩形状に配置したものです。\(m\)行\(n\)列の行列\(A\)は次のように表されます:
\[A = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mn} \end{pmatrix}\]ここで、\(a_{ij}\)は\(i\)行\(j\)列目の要素を表します。
サイズ: 行列のサイズは行数×列数で表し、\(m \times n\)行列などと呼びます。
例:
この行列\(A\)は\(2 \times 3\)行列(2行3列の行列)です。
3.2 特殊な形状の行列
- 正方行列(Square Matrix): 行数と列数が等しい行列(\(m = n\))
例: \(B = \begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}\) は\(2 \times 2\)の正方行列
- 行ベクトル(Row Vector): 1行\(n\)列の行列
例: \(r = \begin{pmatrix} 1 & 2 & 3 \end{pmatrix}\) は\(1 \times 3\)の行ベクトル
- 列ベクトル(Column Vector): \(m\)行1列の行列
例: \(c = \begin{pmatrix} 1 \\ 2 \\ 3 \end{pmatrix}\) は\(3 \times 1\)の列ベクトル
3.3 行列の表記法
行列は通常、大文字のアルファベット(\(A\), \(B\), \(C\)など)で表します。行列の要素は小文字の添え字付きの文字(\(a_{ij}\)など)で表します。
- \(A\): 行列全体
- \(a_{ij}\): 行列\(A\)の\(i\)行\(j\)列目の要素
- \(A_{i,j}\): 行列\(A\)の\(i\)行\(j\)列目の要素(別表記)
4. 計算手法
4.1 行列の和
定義: 同じサイズの行列\(A\)と\(B\)の和\(A + B\)は、対応する要素同士を足し合わせた行列です:
\[(A + B)_{ij} = a_{ij} + b_{ij}\]
注意点: 異なるサイズの行列同士は足し合わせることができません。
例:
4.2 行列の和の性質
行列の和は以下の性質を持ちます:
- 交換法則: \(A + B = B + A\)
- 結合法則: \((A + B) + C = A + (B + C)\)
- 単位元: 零行列 \(O\) について \(A + O = A\)
- 逆元: \(-A\) について \(A + (-A) = O\)
4.3 行列のスカラー倍
定義: 行列\(A\)のスカラー倍\(cA\)は、\(A\)の各要素に\(c\)を掛けた行列です:
\[(cA)_{ij} = c \cdot a_{ij}\]
例:
4.4 行列のスカラー倍の性質
行列のスカラー倍は以下の性質を持ちます:
- \(c(A + B) = cA + cB\)
- \((c + d)A = cA + dA\)
- \(c(dA) = (cd)A\)
- \(1 \cdot A = A\)
4.5 行列とベクトルの関係
行列は「ベクトルを列に並べたもの」と見ることができます。例えば、\(n\)次元の列ベクトル\(\vec{v}_1, \vec{v}_2, ..., \vec{v}_m\)を考えると、それらを横に並べた行列\(A\)は:
同様に、行列を「行ベクトルを縦に積み重ねたもの」と見ることもできます。
例:
列ベクトル \(\vec{v}_1 = \begin{pmatrix} 1 \\ 3 \end{pmatrix}\), \(\vec{v}_2 = \begin{pmatrix} 2 \\ 4 \end{pmatrix}\) を並べると、
例2:
列ベクトル \(\vec{v}_1 = \begin{pmatrix} 1 \\ 3 \\ 2 \end{pmatrix}\), \(\vec{v}_2 = \begin{pmatrix} 2 \\ 4 \\ -3 \end{pmatrix}\), \(\vec{v}_3 = \begin{pmatrix} -1 \\ -2 \\ 1 \end{pmatrix}\) を並べると、
5. 演習問題
5.1 基本問題
-
次の行列のサイズを答えなさい。
(a) \(A = \begin{pmatrix} 1 & 2 & 3 \\ 4 & 5 & 6 \end{pmatrix}\)
(b) \(B = \begin{pmatrix} 7 & 8 \\ 9 & 10 \\ 11 & 12 \end{pmatrix}\)
(c) \(C = \begin{pmatrix} 13 & 14 & 15 & 16 \end{pmatrix}\)
(c) \(D = \begin{pmatrix} 1 & 2 & 1 \\ -2 & -2 & 1 \\ 1 & 2 & 1 \\ -2 & -2 & 1 \end{pmatrix}\)
-
次の行列の和を求めなさい。
\(A = \begin{pmatrix} 2 & 0 \\ -1 & 3 \end{pmatrix}, \quad B = \begin{pmatrix} 4 & -2 \\ 1 & 5 \end{pmatrix}\)
-
次の行列のスカラー倍を求めなさい。
\(A = \begin{pmatrix} 1 & -2 & 3 \\ 0 & 4 & -5 \end{pmatrix}, \quad c = -2\)
-
次の計算をせよ。
\(2A - 3B\), ただし \(A = \begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}, B = \begin{pmatrix} 5 & 6 \\ 7 & 8 \end{pmatrix}\)
-
以下の患者データ行列 \(P\) があります。各行は患者、各列は異なる健康指標(例:血圧、体重、コレステロール値)を表しています。全ての患者データに対して、標準化のために以下の操作を行います。この操作を行列の計算として表現し、結果の行列を求めなさい。
- 血圧(1列目)から血圧の平均を引く
- 体重(2列目)から体重の平均を引く
- コレステロール値(3列目)からコレステロール値の平均を引く
7. よくある質問と解答
Q1: 行列とベクトルの違いは何ですか?
A1: ベクトルは行列の特殊な場合と考えることができます。列ベクトルは\(n \times 1\)行列、行ベクトルは\(1 \times m\)行列です。行列はベクトルを複数並べたものとも見ることができます。
Q2: 行列の和やスカラー倍がデータサイエンスでどのように使われますか?
A3: 行列の和やスカラー倍は、データの正規化、特徴量のスケーリング、複数のデータセットの結合、時系列データの移動平均の計算など、様々なデータ前処理や分析手法で使用されます。また、機械学習アルゴリズムの内部計算(勾配降下法など)でも重要な役割を果たします。
Q3: 行列の要素を並べる順序は重要ですか?
A4: 非常に重要です。行列では要素の位置(行番号と列番号)が情報を持っています。行と列を入れ替えると、全く異なる行列になります。特に、データサイエンスでは行は通常サンプル(観測値)、列は特徴量(変数)を表すことが多いため、その構造を保つことが重要です。