コンテンツにスキップ

線形代数学 I - 第17回講義ノート

講義名: 線形代数学 I / 基礎 / II
講義回: 第17回
テーマ: ベクトルの1次独立と逆行列
日付: 2025年xx月xx日

1. 講義情報と予習ガイド

関連項目

  • 連立一次方程式(第10回~第15回)
  • 行列のランク(第12回)
  • 逆行列(第15回)

予習すべき内容

  • ベクトルの基本演算(加法、スカラー倍)
  • 行列のランクの定義と計算方法
  • 逆行列の定義と計算方法

2. 学習目標

本講義の終了時には、以下のことができるようになります: 1. ベクトルの1次結合を理解し、具体例で計算できる 2. ベクトルの1次独立性を理解し、判定できる 3. ベクトルの1次独立と逆行列の存在条件の関係を説明できる 4. ガウスの消去法を用いてベクトルの1次独立性を判定できる 5. 1次独立でないベクトルが含まれる場合の逆行列の不安定性を理解できる

3. 基本概念

3.1 ベクトルの1次結合とは

定義:ベクトルの1次結合
ベクトル \(\mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \ldots, \mathbf{v}_n\) に対して、スカラー \(c_1, c_2, \ldots, c_n\) を用いて表される和: \(c_1\mathbf{v}_1 + c_2\mathbf{v}_2 + \cdots + c_n\mathbf{v}_n\) をこれらのベクトルの1次結合という。

1次結合は、与えられたベクトルの「重み付き和」と考えることができます。各ベクトルに対して、係数(重み)をかけて足し合わせた結果です。

例題 3.1.1\(\mathbb{R}^3\) において、\(\mathbf{v}_1 = (1, 0, 2)^T\), \(\mathbf{v}_2 = (0, 1, -1)^T\) のとき、\(2\mathbf{v}_1 + 3\mathbf{v}_2\) を計算せよ。

解答\(2\mathbf{v}_1 + 3\mathbf{v}_2 = 2(1, 0, 2)^T + 3(0, 1, -1)^T = (2, 0, 4)^T + (0, 3, -3)^T = (2, 3, 1)^T\)

3.2 ベクトルの1次独立とは

定義:ベクトルの1次独立
ベクトル \(\mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \ldots, \mathbf{v}_n\) に対して、 \(c_1\mathbf{v}_1 + c_2\mathbf{v}_2 + \cdots + c_n\mathbf{v}_n = \mathbf{0}\) となるスカラー \(c_1, c_2, \ldots, c_n\) が、すべて \(0\) の場合のみであるとき、これらのベクトルは1次独立であるという。

一方、少なくとも1つの \(c_i \neq 0\) が存在して上式が成り立つとき、これらのベクトルは1次従属であるという。

1次独立であるということは、どのベクトルも他のベクトルの1次結合では表せないことを意味します。つまり、各ベクトルは他のベクトルでは代用できない「独自の情報」を持っています。

例題 3.2.1\(\mathbb{R}^2\) において、\(\mathbf{v}_1 = (1, 0)^T\), \(\mathbf{v}_2 = (0, 1)^T\) が1次独立であることを示せ。

解答\(c_1\mathbf{v}_1 + c_2\mathbf{v}_2 = \mathbf{0}\) とすると、 \(c_1(1, 0)^T + c_2(0, 1)^T = (0, 0)^T\) \((c_1, c_2)^T = (0, 0)^T\) よって \(c_1 = c_2 = 0\) となるため、\(\mathbf{v}_1\)\(\mathbf{v}_2\) は1次独立である。

例題 3.2.2\(\mathbb{R}^2\) において、\(\mathbf{v}_1 = (2, 1)^T\), \(\mathbf{v}_2 = (4, 2)^T\) が1次従属であることを示せ。

解答\(\mathbf{v}_2 = 2\mathbf{v}_1\) であることに注目すると、 \(c_1\mathbf{v}_1 + c_2\mathbf{v}_2 = \mathbf{0}\) という式に \(c_1 = -2, c_2 = 1\) を代入すると、 \(-2\mathbf{v}_1 + \mathbf{v}_2 = -2(2, 1)^T + (4, 2)^T = (-4, -2)^T + (4, 2)^T = (0, 0)^T = \mathbf{0}\) となる。\(c_1 \neq 0, c_2 \neq 0\) であるにもかかわらず上式が成り立つため、\(\mathbf{v}_1\)\(\mathbf{v}_2\) は1次従属である。

3.3 ベクトルの1次独立性と行列のランクの関係

ベクトルの1次独立性と行列のランクには密接な関係があります。

定理:行列のランクとベクトルの1次独立性
行列 \(A\) のランク \(\text{rank}(A)\) は、\(A\) の列ベクトルのうち、1次独立なベクトルの最大個数に等しい。

この定理により、列ベクトル \(\mathbf{a}_1, \mathbf{a}_2, \ldots, \mathbf{a}_n\) からなる行列 \(A = [\mathbf{a}_1, \mathbf{a}_2, \ldots, \mathbf{a}_n]\) について:

  • \(\text{rank}(A) = n\) であれば、すべての列ベクトルは1次独立
  • \(\text{rank}(A) < n\) であれば、列ベクトルの中に1次従属なものが存在する

4. 理論と手法

4.1 ガウスの消去法によるベクトルの1次独立性の判定

ベクトルの1次独立性は、それらを列ベクトルとする行列を作り、ガウスの消去法を適用することで判定できます。

方法:ガウスの消去法によるベクトルの1次独立性の判定
1. ベクトル \(\mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \ldots, \mathbf{v}_n\) を列ベクトルとする行列 \(A = [\mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \ldots, \mathbf{v}_n]\) を作る 2. 行列 \(A\) に対してガウスの消去法を適用し、階段行列(または簡約階段行列)に変形する 3. 変形後の行列のランク(ゼロでない行の数)を求める 4. ランクが \(n\) (列ベクトルの数)に等しければ、ベクトルは1次独立 5. ランクが \(n\) より小さければ、ベクトルは1次従属

例題 4.1.1\(\mathbb{R}^3\) において、\(\mathbf{v}_1 = (1, 2, 3)^T\), \(\mathbf{v}_2 = (2, 3, 4)^T\), \(\mathbf{v}_3 = (3, 5, 7)^T\) が1次独立かどうかを判定せよ。

解答: これらのベクトルを列ベクトルとする行列を作ります: \(A = \begin{bmatrix} 1 & 2 & 3 \\ 2 & 3 & 5 \\ 3 & 4 & 7 \end{bmatrix}\)

ガウスの消去法を適用します: 1. 第1列を基準に第2列を変形:第2列 \(-\) 2×第1列 = \((0, -1, -2)^T\) 2. 第1列を基準に第3列を変形:第3列 \(-\) 3×第1列 = \((0, -1, -2)^T\)

変形後の行列: \(A' = \begin{bmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 2 & -1 & -1 \\ 3 & -2 & -2 \end{bmatrix}\)

さらに変形を続けると: \(A'' = \begin{bmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 1 \\ 0 & 0 & 0 \end{bmatrix}\)

変形後の行列のランクは2であり、これは列ベクトルの数3より小さいため、\(\mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \mathbf{v}_3\) は1次従属である。

実際、\(\mathbf{v}_3 = \mathbf{v}_1 + \mathbf{v}_2\) であることが確認できる: \((3, 5, 7)^T = (1, 2, 3)^T + (2, 3, 4)^T\)

4.2 ベクトルの1次独立と逆行列の存在条件

正方行列の逆行列が存在するための条件は、その行列のランクが行数(または列数)に等しいことです。これはすなわち、その行列の列ベクトルがすべて1次独立であることを意味します。

定理:逆行列の存在条件
\(n\) 次正方行列 \(A\) に対して、以下は同値である: 1. \(A\) は逆行列を持つ(\(A\) は正則である) 2. \(\text{rank}(A) = n\) 3. \(A\) の列ベクトルはすべて1次独立である 4. \(\det(A) \neq 0\) 5. \(Ax = 0\) の解は \(x = 0\) のみである

例題 4.2.1\(A = \begin{bmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 6 \end{bmatrix}\) に対して、\(A\) が逆行列を持つかどうかを判定せよ。

解答: 行列 \(A\) の列ベクトルは \(\mathbf{a}_1 = (1, 3)^T\)\(\mathbf{a}_2 = (2, 6)^T\) である。 \(\mathbf{a}_2 = 2\mathbf{a}_1\) であるため、列ベクトルは1次従属である。 したがって、\(\text{rank}(A) < 2\) であり、\(A\) は逆行列を持たない。

これは行列式 \(\det(A) = 1 \cdot 6 - 2 \cdot 3 = 6 - 6 = 0\) からも確認できる。

4.3 1次独立でないベクトルがある場合の逆行列の不安定性

列ベクトルが「ほぼ1次従属」である場合(つまり、ある列ベクトルが他の列ベクトルの1次結合で近似できる場合)、その行列の逆行列は数値的に不安定になります。

注意:条件数と逆行列の安定性
行列 \(A\) の条件数 \(\kappa(A)\) は、\(A\) の最大特異値と最小特異値の比として定義され、逆行列の数値的安定性の指標となる。条件数が大きいほど、逆行列は不安定になる。

1次独立性が低い(列ベクトルが互いに近い方向を向いている)場合、小さな誤差が大きく増幅され、数値計算において問題を引き起こす可能性があります。この現象は、特に線形回帰における多重共線性問題と関連しています。

例題 4.3.1: 行列 \(A = \begin{bmatrix} 1 & 1.001 \\ 2 & 2.001 \end{bmatrix}\) について考える。この行列の列ベクトルはほぼ1次従属であり、その影響を調べよ。

解答\(A\) の列ベクトルは \(\mathbf{a}_1 = (1, 2)^T\)\(\mathbf{a}_2 = (1.001, 2.002)^T\) である。 \(\mathbf{a}_2 \approx 1.001 \cdot \mathbf{a}_1\) であり、ほぼ1次従属と言える。

行列式は \(\det(A) = 1 \cdot 2.001 - 1.001 \cdot 2 = 2.001 - 2.002 = -0.001\) とほぼ0である。

逆行列を計算すると: \(A^{-1} = \frac{1}{\det(A)} \begin{bmatrix} 2.002 & -1.001 \\ -2 & 1 \end{bmatrix} = -1000 \cdot \begin{bmatrix} 2.002 & -1.001 \\ -2 & 1 \end{bmatrix}\)

非常に大きな値が現れ、数値的に不安定な結果となっている。このような行列に対して逆行列を用いた計算を行うと、小さな誤差が大きく増幅される可能性がある。

5. Pythonによる実装と可視化

5.1 ベクトルの1次独立性をPythonで確認する

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
from mpl_toolkits.mplot3d import Axes3D

# 1次独立なベクトルの例
v1 = np.array([1, 0, 0])
v2 = np.array([0, 1, 0])
v3 = np.array([0, 0, 1])

# 行列を作成
A_independent = np.column_stack((v1, v2, v3))
print("1次独立なベクトルからなる行列:")
print(A_independent)

# ランクを計算
rank_independent = np.linalg.matrix_rank(A_independent)
print(f"行列のランク: {rank_independent}")
print(f"ベクトルは1次独立か? {rank_independent == 3}")

# 1次従属なベクトルの例
v1 = np.array([1, 2, 3])
v2 = np.array([2, 4, 6])
v3 = np.array([3, 6, 9])

# 行列を作成
A_dependent = np.column_stack((v1, v2, v3))
print("\n1次従属なベクトルからなる行列:")
print(A_dependent)

# ランクを計算
rank_dependent = np.linalg.matrix_rank(A_dependent)
print(f"行列のランク: {rank_dependent}")
print(f"ベクトルは1次独立か? {rank_dependent == 3}")

5.2 ベクトルの1次独立性を視覚化する

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
from mpl_toolkits.mplot3d import Axes3D

def plot_vectors(vectors, title, dependency=None):
    """ベクトルを3D空間に描画する関数"""
    fig = plt.figure(figsize=(8, 6))
    ax = fig.add_subplot(111, projection='3d')

    # 原点
    origin = np.zeros(3)

    # 各ベクトルを描画
    colors = ['r', 'g', 'b', 'c', 'm', 'y']
    for i, v in enumerate(vectors):
        ax.quiver(origin[0], origin[1], origin[2], 
                  v[0], v[1], v[2], 
                  color=colors[i % len(colors)], 
                  label=f'v{i+1}', arrow_length_ratio=0.1)

    # 依存関係のあるベクトルを描画
    if dependency is not None:
        v_dep = np.zeros(3)
        for i, coef in enumerate(dependency):
            v_dep += coef * vectors[i]
        ax.quiver(origin[0], origin[1], origin[2], 
                  v_dep[0], v_dep[1], v_dep[2], 
                  color='k', linestyle='dashed', 
                  label='linear combination', arrow_length_ratio=0.1)

    # グラフの設定
    ax.set_xlim([-1, 3])
    ax.set_ylim([-1, 3])
    ax.set_zlim([-1, 3])
    ax.set_xlabel('X')
    ax.set_ylabel('Y')
    ax.set_zlabel('Z')
    ax.set_title(title)
    ax.legend()
    plt.tight_layout()
    plt.show()

# 1次独立なベクトルの例
v1 = np.array([1, 0, 0])
v2 = np.array([0, 1, 0])
v3 = np.array([0, 0, 1])
plot_vectors([v1, v2, v3], "1次独立なベクトル")

# 1次従属なベクトルの例
v1 = np.array([1, 0, 0])
v2 = np.array([0, 1, 0])
v3 = np.array([1, 1, 0])  # v3 = v1 + v2
plot_vectors([v1, v2, v3], "1次従属なベクトル", [1, 1, -1])  # v1 + v2 - v3 = 0

5.3 逆行列の不安定性をPythonで確認する

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

# ほぼ1次従属なベクトルからなる行列の例
def create_nearly_dependent_matrix(epsilon):
    v1 = np.array([1, 2])
    v2 = np.array([1 + epsilon, 2 + 2*epsilon])  # v2 ≈ (1+ε)v1
    return np.column_stack((v1, v2))

# 異なるεに対する条件数と逆行列のノルムを計算
epsilons = [1e-1, 1e-2, 1e-3, 1e-4, 1e-5, 1e-6, 1e-7, 1e-8]
condition_numbers = []
inverse_norms = []

for eps in epsilons:
    A = create_nearly_dependent_matrix(eps)
    cond = np.linalg.cond(A)
    inv_norm = np.linalg.norm(np.linalg.inv(A))

    condition_numbers.append(cond)
    inverse_norms.append(inv_norm)

    print(f"ε = {eps}:")
    print(f"行列 A =\n{A}")
    print(f"条件数 κ(A) = {cond}")
    print(f"逆行列 A^(-1) =\n{np.linalg.inv(A)}")
    print(f"逆行列のノルム ||A^(-1)|| = {inv_norm}\n")

# 結果の可視化
plt.figure(figsize=(10, 6))
plt.subplot(1, 2, 1)
plt.loglog(epsilons, condition_numbers, 'o-')
plt.xlabel('ε (epsilon)')
plt.ylabel('条件数 κ(A)')
plt.title('行列の条件数')
plt.grid(True)

plt.subplot(1, 2, 2)
plt.loglog(epsilons, inverse_norms, 'o-')
plt.xlabel('ε (epsilon)')
plt.ylabel('逆行列のノルム ||A^(-1)||')
plt.title('逆行列のノルム')
plt.grid(True)

plt.tight_layout()
plt.show()

6. 演習問題

基本問題

問題 6.1: 次のベクトルが1次独立であるか判定せよ。 (a) \(\mathbf{v}_1 = (1, 2, 3)^T\), \(\mathbf{v}_2 = (2, 4, 6)^T\) (b) \(\mathbf{v}_1 = (1, 2, 3)^T\), \(\mathbf{v}_2 = (4, 5, 6)^T\) (c) \(\mathbf{v}_1 = (1, 2, 3)^T\), \(\mathbf{v}_2 = (2, 3, 4)^T\), \(\mathbf{v}_3 = (3, 5, 7)^T\)

問題 6.2\(\mathbb{R}^3\) において、ベクトル \(\mathbf{v}_1 = (1, 0, 1)^T\), \(\mathbf{v}_2 = (0, 1, 1)^T\), \(\mathbf{v}_3 = (1, 1, 0)^T\) が1次独立であることを示せ。

問題 6.3: 次の行列の逆行列が存在するか判定せよ。 (a) \(A = \begin{bmatrix} 1 & 2 & 3 \\ 4 & 5 & 6 \\ 7 & 8 & 9 \end{bmatrix}\) (b) \(B = \begin{bmatrix} 1 & 2 & 3 \\ 4 & 5 & 6 \\ 7 & 8 & 10 \end{bmatrix}\)

問題 6.4\(\mathbf{v}_1 = (2, 0, -1)^T\), \(\mathbf{v}_2 = (1, 1, 1)^T\), \(\mathbf{v}_3 = (0, 1, 2)^T\) のとき、ベクトル \(\mathbf{w} = (5, 3, 2)^T\)\(\mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \mathbf{v}_3\) の1次結合で表せ。

応用問題

問題 6.5\(\mathbb{R}^n\) における \(n\) 個のベクトル \(\mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \ldots, \mathbf{v}_n\) が与えられたとき、これらが1次独立であることと、行列 \(V = [\mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \ldots, \mathbf{v}_n]\) が正則であることが同値であることを示せ。

問題 6.6\(n\) 次正方行列 \(A\) に対して、\(\text{rank}(A) < n\) であるとき、\(A\mathbf{x} = \mathbf{0}\) の自明でない解(つまり \(\mathbf{x} \neq \mathbf{0}\))が存在することを示せ。

問題 6.7\(A = \begin{bmatrix} 1 & 1+\epsilon \\ 2 & 2+\epsilon \end{bmatrix}\) とする。\(\epsilon\) が非常に小さいとき、\(A^{-1}\) の各成分がどのように振る舞うかを調べよ。

問題 6.2.4(健康データサイエンスへの応用):

最近の研究では、異なるバイオマーカーが特定の健康状態と関連していることが示されています。ある研究者が、3つのバイオマーカー(X₁, X₂, X₃)と心血管疾患リスクの関係を調査しています。これらのバイオマーカーの測定値は以下の行列で表されます:

\[B = \begin{bmatrix} X_1 & X_2 & X_3 \\ \hline 2.5 & 1.2 & 5.0 \\ 3.0 & 1.8 & 6.6 \\ 3.5 & 2.4 & 8.2 \\ 4.0 & 3.0 & 9.8 \\ 4.5 & 3.6 & 11.4 \end{bmatrix}\]
  1. \(X_3\)\(X_1 + 2X_2\)を考えることにより、これらのバイオマーカーベクトルが1次独立であるかを判定し、その理由を説明せよ。

  2. このような関係が線形回帰分析においてどのような問題を引き起こす可能性があるか説明せよ。

7. よくある質問と解答

Q1: ベクトルの1次独立性と逆行列の関係を直感的に説明してください。

A1: 行列の列ベクトルが1次独立であるということは、それぞれのベクトルが「独自の方向」を持っており、他のベクトルでは代用できないことを意味します。逆行列が存在するためには、行列変換によって空間のすべての方向に対応できる必要があります。列ベクトルのどれかが他のベクトルの1次結合で表せる(1次従属である)場合、その方向への変換情報が失われ、逆変換(逆行列)を一意に定義できなくなります。

Q2: なぜ1次独立でないベクトルがあると逆行列が不安定になるのですか?

A2: 列ベクトルが「ほぼ1次従属」である場合、行列は「ほぼ特異(逆行列を持たない)」な状態に近づきます。このような行列の行列式は0に近く、逆行列の計算では行列式で割る必要があるため、非常に大きな値が現れます。そのため、入力データの小さな誤差が出力結果に大きく増幅されてしまいます。線形回帰モデルでは、これは係数の推定値が不安定になり、信頼性が低下することを意味します。

Q3: 1次独立性の判定にガウスの消去法を使う理由は何ですか?

A3: ガウスの消去法は、行列のランクを求める効率的な方法であり、ベクトルの1次独立性はランクと直接関連しています。具体的には、\(n\)個のベクトルが1次独立であるための必要十分条件は、それらを列ベクトルとする行列のランクが\(n\)であることです。また、ガウスの消去法は数値的にも安定した方法であり、コンピュータでの実装も容易です。

Q4: 行列のランクと1次独立なベクトルの最大個数が等しいことをどのように理解すれば良いですか?

A4: 行列のランクは、行基本変形を適用した後に得られる階段行列のゼロでない行の数と定義されます。この階段行列の各行は、元の行列の列ベクトルの間に存在する線形関係を表しています。したがって、ランクが \(r\) であるということは、\(r\) 個の1次独立なベクトルが存在し、残りのベクトルはそれらの1次結合で表せることを意味します。

Q5: 1次独立性と多重共線性はどのような関係がありますか?

A5: 多重共線性とは、統計学で説明変数間に強い相関関係がある状態を指します。線形代数の観点では、これは説明変数を表すベクトルが「ほぼ1次従属」であることを意味します。完全に1次従属であれば、ある説明変数が他の説明変数の線形結合で完全に表現できますが、多重共線性の場合は近似的に表現できる状態です。このような状態では、回帰係数の推定値が不安定になり、標準誤差が大きくなるため、統計的推論の信頼性が低下します。多重共線性を数値的に評価する指標として、行列の条件数や分散拡大要因(VIF)などがあります。

Q6: ベクトルが1次独立であることを確認する際、数値計算の誤差はどのように処理すべきですか?

A6: 数値計算では浮動小数点の誤差が避けられないため、厳密な0かどうかの判定は困難です。そのため、「十分に小さい値」を0とみなす許容誤差(閾値)を設定するのが一般的です。NumPyのような科学計算ライブラリでは、numpy.linalg.matrix_rank関数が自動的に適切な閾値を設定してランクを計算します。実用的なアプローチとしては、特異値分解(SVD)を用いて行列のランクを推定する方法があり、これは数値的に安定しています。

Q7: 行列の条件数と逆行列の不安定性の関係について詳しく教えてください。

A7: 行列の条件数 \(\kappa(A)\) は最大特異値と最小特異値の比として定義され、行列の「不安定さ」を数値化したものです。条件数が大きいほど、逆行列を使った計算(例えば連立1次方程式の解法)において入力の小さな誤差が出力に大きく影響します。具体的に、入力の相対誤差が \(\epsilon\) のとき、出力の相対誤差は最大で \(\kappa(A) \cdot \epsilon\) になり得ます。条件数が大きい行列は「不良条件(ill-conditioned)」と呼ばれ、数値計算において注意が必要です。データサイエンスでは、特に線形回帰において説明変数間に多重共線性がある場合、デザイン行列の条件数が大きくなり、係数推定が不安定になります。

Q8: 1次独立なベクトルが持つ「独自の方向性」を幾何学的に説明してください。

A8: 2次元平面で考えると、1次独立な2つのベクトルは互いに平行でない任意の2つの方向を表します。3次元空間では、1次独立な3つのベクトルは互いに共平面上にない、つまり空間の3つの独立した方向を表します。一般に、\(n\)次元空間において1次独立な\(n\)個のベクトルは、その空間内のすべての方向を「カバー」することができます。これに対し、1次従属なベクトル群は、実際には空間の一部(部分空間)しかカバーできません。例えば、3次元空間内の1次従属な3つのベクトルは、実質的に平面上または直線上にしか存在できないため、3次元空間全体をカバーすることができません。

8. まとめ

本講義では、ベクトルの1次結合と1次独立性、そしてそれらと逆行列の関係について学びました。主要な学習内容は以下の通りです:

  1. ベクトルの1次結合は、複数のベクトルに係数を掛けて足し合わせたものです。
  2. ベクトルの1次独立性は、あるベクトル群が「独自の方向性」を持ち、互いに他のベクトルの1次結合で表せないことを意味します。
  3. ガウスの消去法を用いてベクトルの1次独立性を判定できます。具体的には、ベクトルを列とする行列のランクが列数に等しければ1次独立です。
  4. 正方行列の逆行列が存在するための必要十分条件は、その列ベクトルが1次独立であることです。
  5. 列ベクトルが「ほぼ1次従属」である場合、逆行列の計算は数値的に不安定になります。これは行列の条件数が大きいことと関連しています。
  6. データサイエンスにおける多重共線性問題は、説明変数のベクトルが近似的に1次従属であることに起因します。

次回の講義では、これらの概念を応用して、複数の説明変数を持つ線形回帰モデルについて学びます。ベクトルの1次独立性は、適切なモデル構築と安定した係数推定のために重要な役割を果たします。

9. 次回の予習ポイント

  • 多変量線形回帰モデルの数学的表現
  • 正規方程式と最小二乗法
  • 多重共線性の検出方法と対策
  • 平面と超平面の方程式と幾何学的解釈

引き続き線形代数の基本概念を確実に理解し、それらがデータサイエンスにどのように応用されるかを考えながら学習を進めてください。